自分が思うほどは自分は


よし、これで5つ目の子ページで最後だ。
文字を打つという作業をしていて、いくつか頭に浮かんだことがある。
書きたいことをピッタリと表現することは難しいが、意外と語彙が頭にあるものだ。
しばらくブログ等も書いていないし、本も読んでいないが、頭の中で何回かぐるぐると回すうちに
表現が指に伝わってくる。
ここで、いつも思うことを思い出す。
私は英会話が苦手で、外国人と話さなければならないと思うだけで強度のストレスがかかるのだが、
英語を話す機会が来るたびに軽い吐き気を感じながらも短い間練習をしてきた。
練習はその機会が終わるとしなくなるので、覚えたこととか言い回しとか、当然忘れれるのだが
再び、英語を話さなければならない機会が訪れると、すっかり忘れている!という感情とは反対に
なぜかふっと出てきたりする。まるで、何年も自転車に乗っていなかったのに乗れるみたいな。
体のそういった記憶と勉強的な?ともいうべき記憶って異なると思っていたが、100%違うわけでもないかもしれない。

まぁ、そんな感じで、文章を書くという行為が、ことの他お久しぶり感が無いということに軽く驚いている。
そして、副作用的に、口を通して話す言葉も、軽い認知症のような症状から改善したように思う。
書いて残るっていうのも、心理的に良いかもしれない。丁寧に時間を生きたいということにおいて。

そしてまた一つ気がついた。
センテンスの記憶はあまり昔と変わりない。
パラグラフやページの記憶が明らかに落ちている。
海馬かな。そこの記憶容量が小さくなってる気がする。
だから少し長めの思考がうまくいかない。モヤがかかる。
記憶や脳の働きが神経分子の神経物質の伝達で起こるならば、繰り返し繰り返し同作業をすれば
ネットワークが蘇るはずだ。頭を外からマッサージなどの刺激を与えるのも有効かもしれない。
やはり反復作業だな。
考えてみれば昔から私はこれが苦手だったと思う。めんどくさいから。
でも、面倒な作業をずっと軽くやり続ける人ってボケないと思うし健康だと思う。
だから頑張りましょう、自分。

結局50代の私が行き着く先は、ここ、健康長寿なのだ。





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